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禅勝山 龍門寺 由緒縁起
【 宗 派 】曹洞宗
  曹洞宗はお釈迦さまが開かれた仏法を、七転八起で有名なダルマ大師様が中国に伝え、そして今から約七百七十年前に永平寺(えいへいじ)を開かれた道元禅師様が日本にお伝えになりました。その後、總持寺(そうじじ)を開かれた四代目の瑩山禅師(けいさんぜんじ)様が盛んになされました。

【 教 義 】
  曹洞宗は、道元禅師様と瑩山禅師様が示された坐禅の実践を通して身と心を調え、すべてのものに思いやりのこころをもって接し、感謝報恩の要と致します。

【 開 創 】
  応永十七年(一四一〇年)頃に龍門寺が建立されました。

【 開 山 】青岑珠鷹
  青岑珠鷹(せいしんしゅよう)禅師とは武蔵の国の人で十五歳にして出家をして、のちに太源宗真派である越前(福井県)の明林宗哲に参じてその法を継ぎました。嘉慶元年(一三八七年)伊勢(三重県)の朝倉山を遊化し虚空蔵菩薩を礼する時、東方に縁あることの夢告を受けて、いわきに参り、曹洞宗を広めていきます。寛正三年(一四六二年)および文明三年(一四七一年)に總持寺の住職に迎えられており、そして翌年文明四年(一四七二年)龍門寺に帰り、九月十四日に示寂されました。世寿百十一歳と言われております。

【 由緒縁起 】
  龍門寺は岩城の国主岩城家の菩提寺で、初代朝義公が施主で建造に着手して間もなく亡くなり、二代目常朝公が意志をつぎましたが工事半ばで死亡、第三代清胤公が完成させて青岑珠鷹禅師を開山主に迎えました。
  今の本堂は第二十九世周山和尚の時、二度目の火災でお寺が焼けて、同和尚が十年かけて復興しています。焼けたのは寛保元年(一七四一年)でした。山門は安永四年(一七七六年)に再建しています。

【 伝 説 】
  開山さまは現在の地に移る前に、蛇ヶ淵の近くに住んでいました。その淵には龍が住んでいて、開山さまが荒川に移されるのを悲しみ、女人に化けて現れました。開山さまはこのように諭します。「荒川の地には井戸があり、沼之内の弁天様と蛇ヶ淵につながっているから心配ない」龍は喜び、恩に報いるために、荒川の地を一夜で整地したと言われています。
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